いつでも演奏できる曲
- 6 日前
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5月31日に開催予定の音の華コンサート。
まだ早いようですが、準備という意味では今が一番大変な時です。
曲はすべて決まり、今は移調楽譜を作っています。
その中の一曲、参考音源などもいろいろと聴き準備を進めている間、不思議な気持ちになったものがありました。
今回その曲を選んだのは、強い衝動があってのことでした。
フランス語の歌曲です。
私は日本語訳詞を作るということが趣味のひとつということもあり、音の華では、声楽の歌曲は日本語でと心がけています。
イタリア語もドイツ語もフランス語も、なるべく日本語に自分で訳して、またはプロの詩人による良い訳詞を探し出して。
ですがこの曲はどうしてもやはり今回フランス語で歌いたいと思ってしまいました。
なぜこんなに強く思うのだろうと、少し不思議に思いました。
この歌は、体に染み込んでいます。
学生時代から歌って細胞の隅々まで染み込んでいて、歌詞も何も考えずに口からスラスラと出てきます。
そういう曲なのに、この何十年かの間、人前では歌っていませんでした。
それが今年に入ってからすぐの頃から、ずっと頭の中で鳴っていて、なんだか私の心の中から外に出してくれ、出してくれと言ってるような気がして。
そして、今回歌うことにしました。訳ではなくなフランス語そのままで。
それは、少し余談になりますが、私が以前の音の華で演奏したとある歌を聴いてくださった方が「やはりあなたのフランス語の歌は聴いていて耳に心地よい。合っていますね」と言ってくださって、とても嬉しかったので、それで気をよくしているということもあります。
ですが、なぜこんなに今この曲を歌いたいのだろうと思った時に、やはりこの歌が、自分の中から外に向かって、舞台でお客様に向かって出してほしいというふうに訴えてるような、もどかしい、早く歌いたいというソワソワする気持ちになるのです。
こういうことを「持ち歌」と言うのかと、今回しみじみ思いました。
そう、突然歌えと言われても、たぶん歌えます。歌詞も入っていますし。
もちろん人前で歌うにはどんなに急でも一~二回さらっておきたいですが、急でも歌えると思います。
こういう曲が、歌とピアノで何曲かずつ、私の中にあります。
このような曲を持っているということが、とても幸せなことだなと思いました。
例えば、これは持ち歌というほどではありませんが。。
去年のクリスマスイベントのレクチャーコーナーで『アヴェマリア』をテーマに取り上げました。
その時に作曲家の山上晃司さんと桃井聖司さんお二人それぞれに、たくさんいるアヴェマリアを作った作曲家から一人選んで、その作品を今回のイベント用に編曲してくださいと依頼しました。
お二人に同時にグループトークでお願いしたので、曲が重ならないようにしてくださいました。
桃井さんが選んだのは、マスカーニのイタリア語のアヴェマリア、山上さんが選んだのはドイツ語のシューベルトのアヴェマリアでした。
私としては、ラテン語典礼文のお決まりの歌詞のアヴェマリアから選ばれるとばかり思っていたので、典礼文ではないアヴェマリアを選ばれて焦って練習しました。
どちらも昔から歌っていた作品なので、一回さらえばすぐ歌える感じではありましたが、もちろん舞台で披露するにはしっかりと練習はしました。
練習すると、何年も前に歌った時とはまた違った解釈や、今の自分ならではの表現、声の使い方などが生まれてきますので、もちろん「その時の自分」の練習が必要です。
ですがやはり、「一回さらえば一応歌ったり弾いたりできる」という曲をたくさん持ってる方が、音楽家として幸せだなというふうに思いました。
そのクリスマスでも、桃井さんも山上さんも、私は元々のドイツ語、イタリア語で歌えると頭から思っていて「もちろん原語で歌ってね」と言ってくださって、それは当然のこと、「できる?」なんて訊きもしません。
当たり前だと思って信頼してくださってるのがわかって、ますます嬉しかったです。
練習期間も短かったので、自分が納得のいく演奏ができたかというと、そうでもなかったかもしれませんが、楽しかったです。
初めて演奏する曲を、一から腰を据えてしっかり勉強するということは、もちろん楽しい。
ですが、すでに体に染み込んでいる曲を練習する、そして人前で披露するということもとても嬉しいことですし、こういう曲をたくさん持っていて幸せだなと思いました。
できれば生徒さんも、せっかく音楽教室に来てるわけですから、一曲でもいいから持ち曲があると楽しいと思います。
難しい曲ではなくていいのです。
むしろ難しくなくて、人前で弾いたり歌ったりという時に、聴いている人が喜んでくれる曲。
一曲二曲しっかりレッスンを受けて、それをもうレッスンでやらなくなってもずっと練習し続けて、いつでも演奏できるようにしておく。
そういうことは音楽を学んでいる人としてとても幸せなことだと思います。
中でも初心者の生徒さんはそういうふうになってくださることが多いですが、中級上級の生徒さんは、曲が難しいこともあり、舞台が終わるとパッと練習するのをやめてしまいます。
数ヶ月経った頃に「あの曲覚えてる?」と訊くと、「もうすっかり忘れちゃいました。弾けません。歌えません」なんておっしゃる。
もちろんそれは半分以上謙遜で、楽譜が目の前に置かれれば、ある程度は出来ると思います。
ですがやはり、舞台が一番良い演奏で、そこから下り坂。
いつの間にか自分の中から消えていってしまう、弾いて楽しかったなという記憶だけが残る。
それはなんだか寂しいことですね。
活躍している世界的な音楽家は、とてもたくさんの曲が自分の中に入っています。
ですから、カメラを向けられて、ちょっと何かと言われた時に、すぐに素晴らしい演奏でいろいろな曲を披露していただける。
それは天才の話ですね。
普通の一般的な音楽家であっても、やはりそういう曲が一曲でも多い方が幸せだと思いました。
“音の華”コンサートではいつも歌う曲がありますし、コンサートで歌うために練習して染み込んだもので、これからも何度も歌ってゆきたいと思う曲が、これまでいくつもありました。
それらをこれからもまだまだ練習し続けて、私の持ち曲にしてゆきたいと思います。

そのような曲をたくさん、一曲でも多く持っていると、日々の生活が楽しいです。





















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