自然である、という技術
- 2月26日
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前回、変拍子は実は自然なのです、ということを書きました。
音楽の演奏は、自然であることがとても大切です。
自然であるというのはどういう状態かについて、いろいろな角度からの考えがあります。
この、自然である、ということには、演奏上の技術が必要になります。
今週は、演奏者のカラダと気持ちの状態についてのお話。
演奏したい音楽と、その演奏者の気持ちや体の状態が合っている。
当たり前のようでいて、これが出来ていないことでしなくていい苦労をしているケースをたくさん見かけます。
音楽の演奏でいつも必ず前提であってほしいのは、「こういう演奏にしたい」「こういう音を出したい」「こういう姿の音楽を今、私の声で、私の指で生み出したい」と思っている、ということです。
楽器や環境などいろいろな意味で、その「目指す音楽」に合った状態を作る。
中でも一番大切なのは、自分自身です。
自分自身の気持ちと体が「目指す音楽」を演奏できる状態とはかけ離れていたとしたら、一生懸命にがんばっても、その音楽になることはできないと思うのです。
自分の状態と、こういう音楽でありたいと思っているその音楽の姿とが一致している。
これは演奏中の一番自然な状態です。
演奏しているときに自然であるということは、とても大切だと思います。
体の自然な状態ということを考える時に、音楽家はよくポジションという言い方をします。
ピアノの場合、いろいろありますが例えば、指のポジション、手のポジション。
歌では、喉と頭のポジションでしょうか。
自分の体、特に喉と頭蓋骨が、その高い声を出すのにふさわしいポジションになっていない状態で出そうとすると、使ってはいけない余計な力を使うことになり、喉を痛めてしまいます。
こういうこは、教わらないとわからないのではないかな、と思います。
天才でない限りね。
そして更に、気持ちの状態ということもあります。
その演奏をするのにふさわしいテンションのところまで自分が行っているかどうか。
もちろん、テンションが高ければいいという問題ではなく、ふさわしい気持ちの状態ということです。
生徒さんに演奏をお教えする時の、私の葛藤。
教わらなければ知ることのない、楽しく楽に演奏するための「自然である、という技術」を得るために、具体的な体の状態は学びやすいでしょう。
ですが気持ちの方は、そこまではしたくないと思ってしまうところにまで連れてゆくのは、本末転倒。
そのかたが、この導きにどこまでついて来てくれているか、楽しんでいるのかどうかを探りながらのレッスンです。
一見すると特別なことのようにも見える、この自然さということ。
これらは、人間が生み出して表して受け取る音楽は、人間の幸せのためにあるものなのだと、初心に帰してくれるのではないでしょうか。
土曜のnoteと日曜のYouTube『音楽のひとしずく』で、このお話を更に具体的に例を挙げて書いて語っています。
お楽しみに♪






















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